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古伊万里について
古伊万里とは江戸時代の肥前の磁器の総称。
肥前の中でも主要な生産地である有田が生んだ磁器は当時出荷港の名をとって古伊万里焼と呼ばれた。
また、有田で焼かれた磁器は、オランダ東インド会社(会社のVOC)からの注文で伊万里港より長崎出島へ、そして海外に輸出された。
〜古伊万里の流れと作品 (以下作品は佐賀県立九州陶磁文化館所蔵)
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様
式 |
−染付− |
西暦 ・ 歴史的事項
和年
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−色絵− |
| 初期伊万里 |

1630〜40年代
(C)九州陶磁文化館 |
●年代:1630〜40年代
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵
口縁部を鍔縁に成型し、上面には2本の圏線の間に点綴の唐草文、内側面は波涛状の文様を描いている。
見込には土坡を数段重ね、そこに岩・東屋・草木を描き遠景には帆掛船、山の端の向こうに満月を描く。
見込の絵は染付の濃淡を利用して粗放に描いている。 |
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1592
文禄元年 |
豊臣秀吉による朝鮮出兵始まる |
1602
慶長7年 |
オランダ東インド会社設立 |
1615
元和元年 |
大阪夏の陣、豊臣氏滅亡 |
1616
元和2年 |
李参平、有田泉山に陶石を発見と伝えられる |
1628
寛永5年 |
この頃、鍋島藩は有田岩谷川内に御道具山設置 |
1641
寛永18年 |
オランダ商館を平戸から出島に移す |
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| 寛文様式 |

1650〜60年代
(C)九州陶磁文化館 |
●年代:
1650〜60年代
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵
外面はアヤメ科の植物などともに水鳥が1羽描かれる。高台外面には櫛歯文、高台内の二重圏線内に「寿福」を崩したと思われる銘を書いている。
またハリ目跡が6ヶ所に残る。 |
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1650
慶安3年 |
オランダ商船により有田磁器大量輸出の始まり。 |
1659
万治2年 |
有田磁器が初めてオランダ本国に輸出される。 |
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1650年代頃
(C)九州陶磁文化館 |
●年代:1650年代頃
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵 |
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| 延宝様式 |

1680〜90年代
(C)九州陶磁文化館
柴田コレクション |
染付鶉杉菜文皿
●1680〜90年代
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵 柴田コレクション |
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1675
延宝3年 |
この頃、御道具山を大川内山に開設する。 |
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1670〜90年代
(C)九州陶磁文化館 |
●年代:
1670〜90年代
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵
余白を生かした緊張感のある構図である。線書きは梅の花と鳥の胴部を除けばすべて上絵の黒による。
その黒い輪郭線の内側に緑と青と黄色を載せてゆくが梅の幹は青で梢は緑というように細やかな配慮がなされている。 |
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| 元禄様式 |

染付五弁花扇繋唐草文輪花皿
1680〜1700年代 (C)九州陶磁文化館
柴田コレクション |
染付五弁花扇繋唐草文輪花皿
●年代:1680〜1700年代
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵 柴田コレクション |

染付笹柘榴文輪花皿
1700〜40年代 (C)九州陶磁文化館
柴田コレクション |
染付笹柘榴文輪花皿
●1700〜40年代
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵 柴田コレクション |
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1757
宝暦7年 |
公式的にはオランダ東インド会社による有田磁器輸出が打ち切られる |
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1690〜1730年代
(C)九州陶磁文化館 |
●年代:
1690〜1730年代
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵
いわゆる献上手と称されるこのような鉢は厚手に作られ入念な上絵付が施されている。
染付素地に赤・金などを加えた金襴手様式の典型的な作品のひとつ。 |

1690〜1730年代
(C)九州陶磁文化館 |
●年代:
1690〜1730年代
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵
いわゆる献上手と称されるこのような鉢は厚手に作られ入念な上絵付が施されている。
染付素地に赤・金などを加えた金襴手様式の典型的な作品のひとつ。 |
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| 天明様式 |

染付唐人文皿
1780〜1800年代
(C)九州陶磁文化館 |
染付唐人文皿
●年代:1780〜1800年代
佐賀県立九州陶磁文化館所蔵 |
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| 幕末期 |

染付松竹梅唐草文
輪花大皿
1820〜1860年代
(C)九州陶磁文化館
柴田コレクション |
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1828
文政11年 |
登り窯から有田内山の大半が焼失 |
1867
慶長3年 |
佐賀藩がパリ万博に有田磁器を出品 |
| 1868年 |
明治維新 |
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